社会福祉法人太陽の家(山下達夫理事長)は「防災講演会」を20日午後2時、太陽の家コミュニティーセンターで開催し、約130人が聴講した。
山下理事長が「我々が忘れてはいけない2011年の東日本大震災によるあらゆる人の悲しみ、苦労などを学んで、地域として何が出来るかを考えていきましょう」。
長野恭紘別府市長は「あの震災の中で、市長や市民の皆さんがどんな苦労をして、今もどんな課題があるのかが聞けます。南海トラフ地震が必ず来ると想定して、備えをしないといけない」とそれぞれあいさつした。
講演会は2部構成で、第1部の講師は岩手県陸前高田市長の戸羽太氏が務めて「共生と交流のまちづくり」をテーマに講演した。
「東日本大震災から8年。もう復興が終わっていると思っている人がいるかもしれませんが、まだ300人以上が仮設住宅に住んでいます。陸前高田市は高齢化率が39%で、まだまだ厳しい状態」と現状を述べた。
震災により、陸前高田市内で遺体で発見されたのは1557人。今でも202人が行方不明になっている。なぜ、このような被害が遭ったのかを検証したところ、地形などの問題もあるが、一番は情報の取り方だった。
「宮城県沖地震が、陸前高田市を含む東北に99%の確率で来る。そのため、訓練や研修会を積み重ねてきた。高台への非難をしてきた。それなのに被害が多かった。それは、海から陸前高田市役所までの約1・3㌔あるが、津波は路面から50㌢から1㍍しか来ないという予測だった。わざわざ高台に逃げなくてもいいとして、逃げる場所が変わった。実際に来た津波は15~16㍍。逃げた建物の中で、犠牲になった」。
自然災害は、想像しないことが起こることを頭の片隅に置く必要がある。行政は言葉として「防災」を使うが、今の人間の能力では災い(自然災害)を防ぐことは出来ない。だから「防災」ではなく「減災」という言葉を使うべきと主張した。
「我々が皆さんに伝えたいことは『私たちのように悲惨な目に遭わないで下さい』。自然災害を他人事にせず、自分だったらどうする、どのように行動するかを考えてほしい。家族で、いざというときにどうするかを話し合ってほしい」と語った。
第2部は、「別府市の3年間の取り組み」をDVDで見た後、戸羽陸前高田市長、長野市長らが意見交換会を行った。