生誕100年記念 岩尾秀樹展③

生誕100年記念岩尾秀樹展で
再現されたアトリエ風景

 師匠の宇治山哲平は、空のない最初期の《山腹》に続き、山肌の微妙な造形的広がりを追及し、意識的に形も色も抽象形態の空間に突き進みました。その宇治山哲平の尊敬する山水画に傾倒した画人・村上華岳は制作とは「密室の祈りである」と悟りました。華岳の画業に立ち向かう行者的な打ち込み方と見事に昇華してゆく姿に「心打たれ、ふるい立つ思いをした」と著書『美について想う』の中で述べています。
 画伯は師匠の宇治山と幾度も山行を行ない、山を題材にいくつもの作品を制作しています。今回展示の木炭・水彩画の《三俣山》(1972年)は宇治山作品にも見られます。また、空までも秋の山肌に高く染められている油彩画《初秋由布岳》(1960年)は、母校の別府市立南小学校所蔵の作品をお借りして特別展示したものです。
 宇治山は《蓮》の連作にも取り組んでいますが、今回展示している画伯の作品にも2点の《蓮》があります。1948年と1994年の制作で実に46年の隔たりがあるのです。宇治山も描いた蓮田の《蓮》なのです。画伯が住んだ東蓮田はその名のとおり蓮畑が広がった土地で、画伯は蓮田小学校(現・南小学校)に5年ほど在籍していました。
 その当時を回顧して、松原公園界隈の松栄館、世界館の映画館や芝居小屋の松濤館のことに触れ、その看板にモチーフを発見した感動の記憶と絵の出発の原点を「岩尾秀樹覚え書―緑陰のひとりごと―」に書いています。
 美術館ホワイエの広い空間に、晩年の内竈(うちかまど)釿(ちょ)ノ(ん)掛(がけ)のアトリエから別府湾を描いた島影や天空シリーズの作品を展示しています。そこには、静けさ、落ち着き、遠く、高い思想の心象風景が透明度を増し、70年に及ぶ画業の「カタチとイロ」を観覧者に語ってくれるのです。
 私たち美術館は、その目撃者になりたいと願っています。  (おわり)
文・檜垣伸晶別府市美術館長