帆足萬里の174回忌辰祭

龍泉寺で関係者が参列して
行われた忌辰祭

 日出町の偉人・帆足萬里の174回忌の忌辰祭が14日午前9時、菩提寺である龍泉寺で執り行われた。実行委員会や関係者ら約30人が参列した。
 帆足萬里は、「豊後の三賢人」と称される日出町出身の江戸時代後期の儒学者で経世家(政治・経済の論者)。教育者として、家熟「稽古堂」や私塾などを通じて、生涯の年月、多くの門弟の育成に情魂を捧げた。学者としては、和・漢・洋の学問、医学・天文学・歴史・兵制など幅広い分野に通じていた。また、政治家としても才能を発揮し、天保3(1832)年から約3年間、家老として財政的に行き詰まっていた日出藩の藩政改革に取り組んだ。
 はじめに、全員で「萬里先生賛歌」を斉唱。工藤智弘実行委員長が「帆足万里は、豊後の三賢人と呼ばれた偉人で、その功績を後世につなげていかなければいけません」。安部徹也日出町長は「小学校の日誌に顕彰の取り組みが書かれており100年以上前から行われている様子が書かれていました。これからも顕彰に努めていきたい」とそれぞれあいさつ。
 龍泉寺の山崎祐介住職が読経を行い、参列者が焼香して冥福を祈った。