23日の国会昌頭をめざす衆議院の「解散総選挙」には驚いた。次いで立憲民主党と公明党が「合体」して新党を結成するというモクロミもまたまた、「たまがった!」
国会議員諸侯、「少しは落ちつけ!」と言いたい。高市早苗首相は憲政史上初の女性。日米首脳会談の成功で飛躍的な支持率を得た。オールドメディアは御祝儀相場よろしくこの成果を一定評価したが、衆院予算委の安保答弁(存立危機)から、批判一色に様変わり。高市政権は維新と連立で難局に当たったが、この解散は支持率の高いうちに国民の審判を受け、議席の伸張で政権安定を図るという。戦術的にはOKだが、直面する物価問題の解決を優先すべきだろう。国の安全安心を確立するための諸課題にはかなりの時間と労力が求められる。為政者は時間に負けてはダメだ。どんなに時間や労力を積み重ねても国民の為に生きるすべを求めつづけなければ本物とは言えない。
高市政権下では多くの閣僚が表舞台で評価された。まず小泉進次郎氏は防相として自衛官目線まで身を挺し、その家族の安心と安全を約し、新隊員からの棒給見直しや社会的評価の改善を追及。大きく覚せいした政治家と内外好評価。さらに片山さつき財務相、小野田紀美経済安保相、茂木敏充外相と各大臣の政策手腕の好印象は著しい。今までの内閣では見られなかった。このように優秀な閣僚に恵まれた内閣にあっての「解散」は理屈が通らぬようにも感じる。
一方、公明党が生来の仇敵ともいえた立憲民主と新党を結成し「中道改革連合」と命名した。「中道」と冠したネーミングは中立公平を意識させるが、バランスの良いネーミングだ。「公明」「立憲」は参院また地方議会では現状通り。衆院だけが「中道改革連合」の新党でリセット。これで大丈夫か。
「命名」にあたり、東洋哲学では、絶体的な働きのことを「命(めい)」と呼び、宇宙の作用を「天命」、人間の個の肉体を「生命」と呼んだ。人間の尊さを重んじる「命名」には、生涯に絶対的な意義をもたらせ「命」を添えた。この命はミコトであり神の尊称でもある。「名は体を表す」―「命名」とはこのような重大な儀式であり、生涯をかけた生存への営みでもある。選挙に勝つ為の方策ではあり得ない。自民公明は26年に及ぶ盟友の交わりを重ねた。つい最近までの対抗勢力の氏名を記すことは苦痛の一つでもある。新たな交わりを築くための、条件は「安保関連の合意」「原発再稼働」を受け入れた上での盟友化?人を選択する選挙の前に議員一人ひとりが選択のふるいにかけられる選挙。従来とは全く違った意識を求められる。しかしながら有権者、支持者は選ばれる人達以上の苦痛や精神的負担が求められる選挙でもある。 (陽)
