別府史談会(友永植会長)は「市外史跡探訪会」兼「秋季講演会」を3日午前10時、別府市中央公民館講座室で開催し、26人が参加した。
はじめに、恒松栖副会長(会長代理)が「別府史談会は5月前後に総会をし、市内史跡探訪を組んでいます。秋には県内または県外の史跡探訪を行っています。秋季講演会も研究の第一人者を招いて講演会をしています。今回は、秋季講演会を行います。安松先生から写真などの紹介があります」とあいさつ。
講師に安松みゆき別府大学文学部教授を迎えて「第一次世界大戦のドイル兵俘虜と大分~俘虜の残した写真と挿絵本をもとに~」とテーマに講演した。
俘虜(ふりょ)とは、現在の捕虜のこと。
1914年に始まった第一次世界大戦では日本はドイツに宣戦布告。3カ月後にドイツ軍が降伏して日本が勝利。その際、約4500人のドイツ兵が俘虜となり、日本に移送。日本では大分を始め、九州や西日本を中心に福岡、久留米、熊本、松山、丸亀、徳島、姫路、大阪、名古屋、静岡、東京に収容所が置かれた。大分収容所は仮収容の役割を持ち、その後、習志野収容所に集約され、大分収容所は1918年8月に閉設されている。
大分収容所でも俘虜たちは人道的な扱いを受けており、収容所内ではテニス、サッカー、器械体操といったスポーツ、演劇、人形劇、音楽会などの分っ活動を実施すること、収容所外への散歩も許されていた。
また、ドイツ兵が残した資料と写真を使って話した。
当時の状況下では各地の収容所で地元との文化交流が生まれた―などの歴史検証を発表した
このあと質疑応答後、恒松副会長が謝辞を述べた。