日出町は令和4年度戦没者追悼式を15日午前10時半、町中央公民館で執り行った。
本田博文町長が「先の対戦で亡くなられた全ての御霊に哀悼の意を表します。ご遺族には、愛する肉親を亡くされ、深い悲しみを抱えがら、力強く生き抜かれ、日出町の発展にご尽力いただき、深く敬意と感謝の意を表します。苛烈を極めた大戦において、ひらすた祖国の安泰と繁栄を願い、最愛の家族の安寧を願いながら、心ならずも戦火に倒れ、遠い異国の地で亡くなられた多くの人の無念を思う時、悲痛な思いがこみ上げてきます。改めて心からご冥福を申し上げます。戦後、我が国は平和を願う国民の英知とたゆみない努力で荒廃の中から立ち上がり、多くの困難を乗り越えて目覚ましい発展をしてきました。しかし、今日、当然のように享受している平和と豊かさが戦争で亡くなられた方々の尊い犠牲とご遺族のご労苦の上に築かれたものであるということを決して忘れてはいけません。724柱の英霊の安らかならんことをお祈りします」と式辞。
黙とうを捧げた。工藤健次町議会議長が「祖国の安泰と家族の将来を案じつつ、その身を捧げ長く苦しい戦いの末戦場に散り、戦火に倒れた人の御霊に思いをする時、深い悲しみが胸に迫ってきます。世界では今なお痛ましい惨劇が繰り返されています。戦争やテロの悲惨なニュースを見る時、同じ過ちが繰り返されていることに心痛めずにはいられない。平和な日本に生きる私たちは、悲惨な戦争から学んだ大切な歴史の教訓を風化させることなく、次の世代に伝え、平和の尊さを訴え続けていく責務があります。再び悲しみの歴史を繰り返さないように、決意を新たに今後とも日出町発展のため、議員一同、努力していきます」。
一宮敬司町遺族会連合会長も「先の大戦が終わりを告げてから早くも77回目の夏を迎えています。数多くの方々が祖国を思い、家族のことを案じながら戦火に倒れ、何にもかえがたい命を落とされたことは私たち日本国民にとって永遠に忘れることが出来ない深い悲しみであり、痛恨の極み。謹んで哀悼の誠をささげます。国民の大半が戦争を知らない世代となり、あの悲惨な戦争が風化しようとしている。私たちは、現在の平和と繁栄が、戦争のため心ならずも尊い命を捧げられた多くの戦没者の犠牲の上に築かれていることを決して忘れてはなりません」と追悼の言葉を述べた。
出席者が献花を行い、恒久平和への思いを新たにしていた。