責任の所在

 大分県で新型コロナウイルス感染者が出た。九州で3県目。
 広瀬勝貞大分県知事は緊急記者会見で「来る時が来た。発生の初期段階から対応準備をすすめて来た。これからも冷静に対応する」とキッパリ。
 安倍晋三内閣総理大臣は小中特殊学校の休校を断行。いつも通り野党は一勢にこれを批判、非難。森友、加計から閣僚の不出来、最近は桜を見る会と続いて話題に事欠かない。安倍内閣は、いや自民党は全体で猛省だ!彼がナゼ学校休校を決断したのか。彼自身、家庭では子どもに恵まれなかった事もあろう。共働き家族の負担を感じた事もなかっただろう。それが故に「独断」出来た部分もあるのでは。事の結果は対応能力の積み重ねによる。時間を経て結論を待つべきだろう。ただ一点、参院予算委の答弁中、中国の習近平主席を「国賓」として訪日の歓迎スケジュールの延期をした問題である。
 新型コロナウイルス発生の根源である国の国家元首を「国賓」とするか。するのであれば、まず日本国民に対する「謝罪」からスタートしなくてはならないハズだ。「国賓」であれば天皇陛下より謁見の栄が与えられる。現在国難の、それも日本国民の命を奪った当事国の最高責任者にその栄を与えるのか。日本は過去幾度となく大戦の謝罪を強いられて来た。
 新コロ感染拡大時も、彼の国は尖閣諸島、我が国の領海への公船侵入をくり返し、加えるならばその友好国の北は飛翔体と称すミサイル2発を発射してこの成功に「大満足」とか。
 これが日本国憲法前文に記された「平和を愛する、諸国民の公正と信義に信頼して―」の姿か。諸難の根源を糺すなら、出来の悪い国会議員ではない。春節で遊びに来た湖北省の家族連れではない。トイレットペーパーやマスクを買い占めたおばちゃんじゃない。感染を知らずにライブハウスやスポーツジムに通った女子ではない。
 この国難の責めは中国国家そのものにある。  (陽)

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