梅野 朋子(うめの・ともこ)さん死去

梅野 朋子
(うめの・ともこ)さん

 梅野 朋子(うめの・ともこ)大分観光はと交通グループ会長は、かねて病気加療中のところ16日午後3時1分、88歳の天寿を全うした。
 梅野さんは昭和9年3月別府市浜脇の生まれ。実家は江戸時代から米穀、薬種卸小売を商う「あぶらや」。当時の市立蓮田小―浜脇中―別府大学附属高校卒業後交通事業に就職したが、昭和35年、日本で初めて女性経営者によるタクシー事業免許を取得、26歳という若さでこの「男社会」に参入した。度重なる試練は、持ち前の楽天的な性格と、業界では群を抜くアイデアで業績を伸ばし県内にタクシー会社6社、観光バス1社、旅行代理店1社を次々に立ち上げ、大分県を代表する運輸事業者の1人となった。「しあわせ運ぶはとタクシー」のコピーも梅野さんの自信作。公職は別府市観光協会長はじめ、別府商工会議所副会頭、商工会議所女性会会長、大分県タクシー協会副会長をそれぞれつとめ上げた。
 公務、事業の傍ら日本文化の志向を日常生活のひとつとして受け止めている。歌舞伎観賞、アンティーク収集、日本庭園の観賞など幅広い。骨とう収集は自宅の一部を「秀朋館」として一時期は一般に公開も行い、作品集やその解説も自身で筆を執ったほど。
 通夜葬儀は親族で執り行い、一般弔問の通夜は19日(月)午後4時30分から午後6時30分、告別式は20日(火)午前10時30分から0時30分までとしている。
 明るく、パワフルな女性の「細腕繁晶記」を自身で体現した生涯だった。葬送の儀は、はとグループ各社で活躍する4人の孫によって見守られることになっている。
 喪主は次男の太郎(たろう)氏。