明るく前向きに挑戦を
6月26日付で副市長に就任した。
就任式では、部課長を前に「仕事は、失敗を恐れずに明るく前向きにやっていきましょう」とあいさつをした。「根明だけがとりえなんです」と笑う。
大分市出身で、大分大学大学院経済学研究科修士課程を修了。昭和61年に大分県入り。広報広聴課参事の時に「おんせん県おおいた」のCM作りを企画。「当時、ユーチューブで動画を流している県はありましたが、地上波でCMを流している県はなかったので、取り組みたいと思いました。当時の広瀬知事から『面白い』と言っていただき、実現しました」。
その後、県東京事務所おんせん県おおいた課長に。「東京で『おんせん県おおいた』をPRするために『おんせん県おおいた課』を作ろうと提案し、自ら初代の課長になりました」と振り返る。
商工観光労働部審議監兼観光局長、県東京事務所長を歴任し、令和4年に退職した。観光関連の仕事に20年以上携わり、別府市にも知り合いは多い。「大分県の観光の中心は別府。ラグビーW杯日本大会の時も別府の皆さんとニュージーランドに一緒に行ったりしました。実家は別府市に近く、子どもの頃から慣れ親しんだ別府市の副市長として仕事が出来ることは、とてもうれしい」
「情報を共有して、職員一丸となって様々なことに取り組んでいくことが大切だと思います。別府はとてもよくなっていると感じています。とにかく、前向きに仕事をしていきたい」と話す。
趣味は、10代の頃から続けているマラソン。海外の大会にも出場し、東京マラソンには2回出場した経験がある。別府市で開催されている湯けむりマラソンやべっぷ鶴見岳一気登山大会にも数多く参加。
妻と1女2男の5人家族。2人の息子や県外で就職。自宅は大分市だが、別府市で単身赴任をしている。