明礬湯の花を学ぶ

子どもたちが歴史と伝統学ぶ

職人と一緒に体験

明礬温泉湯の花製造技術保存会

職人に教えてもらいながら、実際に完成した湯の花を採取する体験をした

 明礬温泉湯の花製造技術保存会(飯倉里美会長)は、第9回湯の花こども文化・化学教室を3日午後1時半から、みょうばん湯の里で行った。子どもや外国人留学生約30人が参加した。
 明礬で行われている湯の花製造技術は、大分県下で初めて重要無形民俗文化財に指定されており、普段入れない湯の花小屋に入って職人と一緒に作業することで、製造への興味を持ってもらうもの。
 はじめに、恒松栖さんが湯の花つくりの歴史を説明。寛文6(1666)年に渡辺五郎左衛門という人がミョウバンの作り方に成功したが、海外から安いミョウバンが入ってくると苦戦。明治17(1884)年に岩瀬、脇屋両家が粗製粘度を浴用の「湯の花」と名付けて売り出した。
 子こどもたちは湯の花小屋で実際に職人の手ほどきを受けながら、粘土を広げて地場絞めと呼ばれる地面を踏み固める作業をしたあと、2カ月ほどして完成した湯の花を採取する体験をした。石垣小6年の永井実幸さん(11)は「湯の花の製造を初めて見ました。小屋の中はとても暑く、地場絞めした部分はとても堅くなっていた」と感想を話した。温泉の蒸気で蒸したタマゴを食べたり、小屋の組み立て方を学んだりした。

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