「男系男子」の真意?

 今国会の改正「皇室典範」は国民総意では全くない。国会は改正案の可決を急ぐあまり野党も次々に「是」に回った。男系男子という性別差別という今世では考えられない制度で女性の「社会進出」を根絶したように受け止められる。与党の官房長官は「未来永劫にわたり拘束するものではない」とただし書きも伝えたが、一度明文化なるとこれをくつがえす事は極めて困難なのが我が国の国情でもある。
 国民は愛子さまを次の天皇に…という意識が70%を超えた。
 「皇室典範」とは明治22(1889)年、伊藤博文らによって皇室のあり方や身分保持が定められこの時、皇位継承が「男系男子」に限定され、終戦直後の昭和22(1947)年に改正され今日に至っている。
 制定時は明治22年、倒幕に動いた諸藩の意向が大きな影響を与えた。改正期の昭和22年には日本に進駐した米軍とくにGHQの意向で勢力減退気味の天皇制存続の環境下で、制定されたという事はまぎれもない。法制度自体何らかの影響を与えられた苦肉の策と感じる。
 我が国の女性天皇は皇統で8人、10回の即位が記録されている。女性最古の天皇は推古天皇、592年第22代。甥である聖徳太子を摂政に任命して「冠位十二階」、「十七条憲法」の制定など輝かしい治世を実現させている。
 女性国王といえば、英国のエリザベス2世は在位70年と214日間という、大英帝国史上最長の在位期間。彼女は即位前、王女(プリンセス)の時代、ウインザー公の即位拒否から実質的な国王の公務に当った。第2時大戦中、敗色濃い状況下、国民の士気を鼓呼する奉仕活動や旧植民地との外交や欧州連合の意志統一に並々ならぬ情熱と誠意をもって国難を乗り越え、即位は国民総意の君主として認められた。
 我が国は天皇制を論ずるは保守本流のつとめとうそぶく。本当にそうか「皇室典範」を拠り所とした保守は守旧的に思考が硬直した状態にあってはダメだ。時の変化と国民の意識(真意に)立脚したものでなければ…。男系男子この4文字が国民総意の育成を阻むものになっているようだ。  (陽)